東京のカタスミで、

山城ショウゴ

健康な体

三日ほど前。朝起きた瞬間に、背中に強い痛みを感じた。

 

起き上がるのが辛いほどの痛みで、何の身に覚えもなかった。

左腕がスムーズに上がらない。

息を吸うとズキズキと痛んで、深呼吸ができなかった。

 

僕はただただ怯えてしまった。

 

背中の痛みは、大きな病気のサインだったりすると、何かの本で読んだ事がある。

 

ひたすらに怯えた。

 

僕は、健康が失われることを、ずっと恐れていた。

このまま背中の痛みが消えなかったら・・。

息をたくさん吸えないし、笑うと痛い。今日から毎日、笑うことがストレスになってしまう。笑う為に、面白いことを見つける為に毎日生きているようなものなのに、それを奪われてしまうなんて。

 

 

どうして今まで僕は、もっと笑っておかなかったのだろう。この23年間、もっと笑えたはずだった。

いつかこうなる事はわかっていたはずだ。人間はいつまでも健康な体ではいられない。

あと数十年もすれば確実に死んでしまうわけだし、それよりも前にきっと、身体はどんどん不自由になっていくであろう事も、知っていた。

 

 

でも、こんなに急に、若くして笑う事を奪われてしまうなんて、予想していなかった。何も考えずに笑えていた日々が、深呼吸できていた昨日までの日々が、とても輝かしく思えた。

 

 

明日必ず、病院に行こう。もしかしたらそのまま、緊急入院かもしれない。

 

もし退院できる日がきたら、思う存分笑ってやろう。

やりたい事を思いっきり全力で楽しんで、いっぱい深呼吸しよう。

もう一度健康な体を取り戻す事さえできれば、僕はきっと、誰よりも努力するだろう。何事にも一生懸命に全力で、その気になれば、何にでもなれるだろう。だから神様どうか、もう一度僕に、健康な体を・・。

 

 

 

次の日の朝も、やはり背中は痛んだ。スムーズに起き上がれない。

僕は確信した。これはとんでもない病だと。

 

そのまますぐ、病院に行った。

 

 

肋骨の骨折の可能性があるとの事で、レントゲン写真を撮った。

そんなはずはない。骨折するほどの衝撃を受けた覚えは、全くない。

何も異常が見られないと言われた。当然だ。

 

そして、お医者さんは

 

『ただの筋肉痛ですかね☆』

 

と言った。

 

耳を疑った。

 

ただの筋肉痛?

 

背中の筋肉を使った覚えもないと、必死に訴えた。

 

『だとすると、帯状疱疹かなー。』

 

体内に、水疱瘡のウイルスが感染する病気だという。疲れた時や、大きなストレスを感じた時に発症するらしい。

 

特に特別疲れた覚えも、小さなストレスさえも、感じた覚えが全くない。

 

ただそういえば、痛みが発生した前日の朝。ものすごく変な体勢で寝てしまっていた事を思い出した。

 

あれなのか?変な体勢で眠ってしまって、普段使わない筋肉を使い、痛めてしまったが故の、筋肉痛なのか?

 

いやそんなわけがない。きっと帯状疱疹ってやつだ。それだ。気づかないうちに、僕は疲れてしまっていたのだ。ストレスを感じてしまっていたのだ。

全く、気づかないうちに。

 

痛みどめと、抗ウイルス剤の薬を貰って帰宅した。

 

 

薬を飲むと、痛みが消えた。

 

そして痛みは、日を重ねるごとに、消えていった。

 

今日なんてもう、全く痛みを感じない。

帯状疱疹の特徴である、水ぶくれは、いつまでたっても発生しない。

 

抗ウイルス剤が、バカみたいに効いているのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。

抗ウイルス剤が、効きやすい体なのかもしれない。良かった。

 

 

ただの筋肉痛なわけがない。

 

 

僕は、健康な体を、取り戻した。