東京のカタスミで、

山城ショウゴ

この世界の片隅にポップコーン

 

きな部屋の中にいる。

赤の他人同士が集まり、同じスクリーンを見つめる。

ある人は感情を揺さぶられ涙し、笑い、またある人は、場合によっては退屈したりもする。

 

左手でポップコーンをつまみながら、僕はその時、感情を揺さぶられ涙しているわけでも、退屈しているわけでもなかった。

 

僕は、パニックになっていた。

 

カフカの椅子に腰掛け、ポップコーンをつまみながら。

 

 

 

 

ポップコーンを購入したのは、何年かぶりだった。

いつもは買わない。買おうかな、とも思わない。

でも今日は、激しくお腹が空いていたので、ポップコーンを買う事にしたのだ。

もちろん、ホットドックという選択肢もあった。ポップコーンは本来、空腹を埋める事を目的とした食べ物ではない。

でもなぜか、僕はポップコーンを選んだ。

 

 

 

普段は買わないポップコーンを脇に抱え込み、僕はスクリーンに向かった。

上映時間よりも早めに席に着いた僕の周りには、まだ人は少なく、両隣にはまだ誰も着席していない。

ゆっくりと席に腰掛けて、ポップコーンを右手にあるポップコーン置き場に装着した。

 

久しぶりに食べるそれは、ほんの少し味が薄くて、少しだけ、購入したことを後悔した。

 

上映時間が近づくにつれて、人が多くなっていく。

僕の両隣の席が、埋まった。

右手におじさん、左手にもおじさんだった。

 

 

 

今日見に来たのは、「この世界の片隅に」だ。

先に感想を言ってしまうけれども、本当に素晴らしかった。

一人でも多くの人に、見て欲しいなと思った。

 

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ふっ、と照明が落ちる。

僕は小さく深呼吸した。真っ暗なスクリーンに、予告が写し出される。ポップコーンの存在などすっかり忘れてしまい、僕はスクリーンに引き込まれる。

 

 

 

映画館で映画を見るのが好きだ。

映画は自分にとっては「」のようなもので、幕開けとともに、一瞬にして僕を別世界へ連れ出して行く。

エンドロールはその旅の終点。最後の一文字が消えるその瞬間、旅の余韻を損なわないように、会場の明かりはさりげなく、ゆっくりと点るのが良い。

 

ゆっくりと。

 

 

ゆっくりと、さりげなく、そっと。

 

 

 

そう、まさにそのように・・・僕のポップコーンは、左にいるおじさんの口元に、ゆっくりとさりげなくそっと運ばれていった。

 

 

最初の一粒目には気付けなかった。

 

 

 

どうして最初の一粒目で気付けなかったのかと後悔している間にも、侵略はドンドン進んでいる。勢いが止まらない。

 

 

僕のポップコーンを、左の見知らぬおじさんが、食べている。

 

 

僕はこの事実を、受け止めきれないでいる。

 

この世界の片隅で、今まさに僕のポップコーンが、おじさんのモノになろうとしている。食い止めなければ。

 

 

おそらくもう、何粒も食べてしまってるのであろう。随分と減ってしまっている。僕よりも食べているかもしれない。

 

恐る恐る、僕もポップコーンに手を伸ばす。食べる。

 

気づいていないのか、そのほんの5秒後には、おじさんはまた僕のポップコーンに手を伸ばした。

もう一度慎重に、ポップコーンを一粒食べる。自分が購入したポップコーンを、こんなにもコソコソと食べなければいけない日が来るとは、夢にも思っていなかった。

 

 

それでも、おじさんの勢いは止まらない。目はスクリーンにまっすぐ向けられていて、離れない。今まさに、「」の途中なのだろうか。羨ましい。

僕は、ポップコーンの事で頭がいっぱいだ。

 

 

今更「このポップコーンは僕のものです!」と大声で主張したところで、もう遅い。

すでに奪われてしまった、何粒ものポップコーンたちは帰ってこない。

それに、この静寂な暗闇の中。映画の上映中に、見知らぬおじさんにポップコーンの所有権を主張するような勇気は出ない。

 

このおじさんがもし、故意に僕のポップコーンを奪っているのだとしたら、言い争いになってしまうかもしれないし、なんせ映画の上映中なので、それだけは避けたい。

 

まず何よりも、僕はここにポップコーンを食べに来たわけではないのだ。

そう、映画を見に来たのだ。

ついさっきまで、ポップコーンを購入したことを少し、後悔していたではないか。

こうして、左手のおじさんとポップコーンに意識を奪われている間にも、スクリーンの中の物語は進んでいる。

 

 

集中しなくては。

映画は僕にとって、「旅」なんだろ?

今さっきそんなふうに、気取っていたではないか。

 

 

僕は大きく深呼吸をした。

 

 

そこでふと、右手にもポップコーンがある事に気付いた。

右手のおじさんのモノだろう・・。

だがしかし、全然減っていない。

 

 

少し不安になった。

 

 

もし、この右手にあるポップコーンが僕のモノで、左手のポップコーンがおじさんのモノだとしたら。

 

 

 

 

 

思い出してみる。

 

 

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僕は、右手でつまんだポップコーンを、ゆっくりとさりげなくそっと左手のポップコーンへと移動させる。

 

 

ポップコーンジャックの犯人は、僕だった。

 

 

この世界の片隅に」僕を見つけてくれてありがとう。